ビタミン剤との付き合い方4
タンパク質合成に必須のビタミンB6、大腸がんの予防にも?

ビタミンB6活性をもつ化合物にはピリドキサール、ピリドキシン、ピリドキサミンと、それらのリン酸化合物があり、活性形のピリドキサールリン酸は主要な栄養素の代謝、神経伝達物質合成、ヒスタミン合成、ヘモグロビン合成及び遺伝子発現などの多くの反応に関与していますが、特にたんぱく質の代謝、アミノ酸の代謝に不可欠な補酵素として働く栄養素です。
ハンガリー人の生化学者で小児科医のパウル・ジェルジーは、1934年にビタミンBを除去して飼育したラットに生じた皮膚炎が、ビタミンB2では治らず、酵母の抽出物を与えたところ改善したため、その皮膚炎予防因子を、当時ビタミンB1~5がすでに知られていたことから、ビタミンB6と呼びました。1938年には日本の理化学研究所のグループを含む世界の5か所の研究者が、酵母エキス、米ぬかなどからビタミンB6抽出して結晶化することに成功し、ビタミンB6は、ジエルジーによりピリドキシンと命名されました。
ビタミンB6は野菜類、穀類、魚介類、ナッツ類、肉類などさまざまな食品に含まれていて、腸内細菌からもつくられるため、普通に食事が摂れていれば欠乏症が起こることはほとんどありませんが、たんぱく質の摂取量が多い方や運動量の多い方は、ビタミンB6が多く含まれる食品をしっかり摂る必要があります。妊娠中や経口避妊薬を飲み続けている時は、ホルモンの関係でビタミンB6の必要量が増加し不足しやすくなります。抗生物質を長期間服用していると、腸内細菌のビタミンB6を合成する働きが低下してビタミンB6の欠乏症が起こることがあります。
ビタミンB6が欠乏すると様々な代謝異常が起こり、症状が出やすいのは皮膚と粘膜で、舌炎、口内炎、口角炎、結膜炎や、皮膚炎をおこすことがあります。ヘモグロビン合成にも必要な栄養素なので、不足により貧血が起きる可能性があります。GABA (γ-アミノ酪酸)やα-アミノ酪酸、セロトニン、ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリンなど神経伝達物質の合成に関わっているため、ビタミンB6不足で、末梢神経障害、けいれん、しびれ、眠気、不眠症、食欲不振、倦怠感、情緒不安定、中枢神経の異常などが起こることがあります。
水溶性ビタミンなので、一度にたくさん摂取しても尿から排泄されるので効果はなく、逆に過剰症にもなりにくいのですが、熱に弱いので、加熱により分解されるため、調理には注意が必要です。
近年注目されているのは、ビタミンB6の大腸がん予防効果です。
スウェーデンの研究者らが、2010年3月17日発行のJournal of the American Medical Association誌に発表した論文で、「ビタミンB6の摂取および血中PLP(リン酸ピリドキサール)濃度と結腸直腸癌リスクとの間に、負の相関が認められた」と報告しています。
結腸直腸癌発症のリスクに対するビタミンB6の摂取と血中PLP(リン酸ピリドキサール)濃度の効果について評価した9つの前向き試験を調査したところ、ビタミンB6を最も多く摂取した群では、最も少なかった群と比較して結腸直腸癌発症のリスクが10%低かったことが報告された。PLP濃度が最も高い群では、最も低い群と比較して結腸直腸癌の発生率が48%減少したことが観察された。「血中PLP濃度が100pmol/ml上昇するごとに、結腸直腸癌のリスクは49%減少した(およそ2SDs)(RR, 0.51; 95% CI, 0.38-0.69)。」と述べられています。
この結果は、ビタミンB6サプリメントの摂取で大腸がんが予防できる、というものではありませんが、健康的な食生活によりPLPの血中濃度を高めることで、大腸がんのリスクを下げられる可能性を示唆しています。
ビタミンB7(ビオチン)はHのビタミン、TKGよりゆで卵

ビタミンB7(ビオチン)はビタミンHともいわれ、Hはドイツ語のHaar und Haut(髪と肌)で、ビオチンは美容のサプリメントとして肌、爪髪への効果を謳った宣伝が盛んにおこなわれています。
1934年にビタミンB6を発見したパウル・ジェルジーは、大量の卵白を与えられたラットが皮膚炎などの卵白障害症候群を発病し、これにビタミンB複合体に属する物質を与えると改善することを発見し、その物質をビタミンB7と呼びましたが、ドイツの化学者フリッツ・ケーグルが卵黄中から同じ物質を分離し、酵母の増殖に必要な因子(bios)、ビオチンと命名していた物質と同じものでした。
ビオチンはヒトの体内に存在する5種類のカルボキシラーゼ酵素が正しく機能するための補酵素として働き、糖、脂肪、タンパク質・アミノ酸の代謝に関わっています。先天性ビオチン代謝異常のある患者さんでは、カルボキシラーゼ欠損症による意識障害、無呼吸、筋緊張低下、けいれん、難治性湿疹様皮膚病変をきたし、ビオチンの投与により症状が改善することから、ビオチンがヒトの様々な代謝に重要な役割を及ぼしていることがわかります。
さて、ビオチン欠乏が皮膚炎や脱毛を引き起こすことから、ビオチンの皮膚、爪、髪への効果が期待され、多くの美容サプリメントや外用薬にビオチンが配合されていますが、ビオチン単独での美容効果に関するエビデンスは今のところありません。ビオチンが欠乏している人に皮膚症状が出て、補充することで改善する、は正しいのですが、大量に摂取することで、より皮膚や髪の毛が美しくなるということは期待できません。
ビオチンはレバー、魚、卵、ナッツ、豆類、きのこ類など多くの食品に含まれていて、1日の必要量は50μgで、日本人を対象とした調査では、1日あたりの平均摂取量は約45〜60 μgと報告されていて、普通の食事をとっている日本人では欠乏することはほとんどありません。食事から摂取する場合に気を付けなくてはならない点は、生の卵白に含まれる「アビジン」というタンパク質が、ビオチンと非常に強く結合する性質があり、結合したビオチンは体内で吸収されにくくなります。ビタミンB6の発見につながったパウル・ジェルジーの実験で、大量の卵白を与えられたラットが皮膚炎を発病したのは、卵白のアビジンがビオチンの吸収を阻害したためです。アビジンは加熱により変性してビオチンと結合しにくくなるので、卵かけごはん(TKG)より、固ゆで卵をお勧めいたします。
皮膚や髪の毛、爪に症状があって食生活に不安のある方、またビオチンは腸内細菌によっても作られるので、抗生剤を服用されている方はサプリメントや医薬品でビオチンを補充をすることをお勧めします。水溶性ビタミンなので過剰に摂取しても尿から排泄されてしまうので、過剰症の心配はありませんが、大量に摂取しても効果が増すことはありません。ちなみに医薬品の「ビオチン散0.2%」は1包0.5gで1000μgのビオチンが含まれています。
ビオチンを医薬品やサプリメントとして服用している方が注意しなくてはならないのは、採血検査の結果が誤って出る可能性がある点で、我が国の厚生労働省、米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)からも注意喚起されています。ビオチンは臨床検査試薬としても使われることがあるため、血清中のビオチンが検査値に影響を及ぼしてしまうのです。例えば甲状腺ホルモンFT4やFT3はビオチンの影響で本来よりも高い値が出る場合があります。甲状腺刺激ホルモンTSHは逆に本来よりも低くなってしまい、本来は異常がないのに、甲状腺機能亢進症と診断されてしまう可能性があります。他に心不全のマーカーNT-proBNP、B型肝炎の抗体抗原検査HBsAg、HBsAb、肝臓がんの腫瘍マーカーAFP、婦人科系のホルモンLH、FSH、心筋梗塞迅速検査の血中トロポニンなど多くの項目でビオチンによる検査値干渉を生じることが報告されています。
欠番のビタミンB8(イノシトール)は古くてこれからの元ビタミン

イノシトールの歴史は古く、19世紀半ばにドイツの化学者ヨハネス・ジョゼフ・シュレーダーによって動物の筋肉から分離され、その後穀物からも単離されたことから、ギリシャ語の「inos」(筋肉)と「sitos」(穀物)から「イノシトール」と名付けられました。そのビタミンB群としての働きが注目されるようになったのは20世紀に入ってからで、一時はビタミンB8と呼ばれていたのですが、その後の研究により、人体内でグルコースから合成可能であることが判明し、ビタミンB8は欠番になってしまいました。
イノシトールとは動物の体内では細胞膜に多く含まれており、9種類の異性体のうちミオイノシトールのみが生物活性を有するため、ミオイノシトール=イノシトールとしてよいとおもいます。ミオ(myo-)は筋肉の意味で、筋肉に多く含まれる成分であることに由来しています。イノシトールは、ホスファチジルイノシトールという細胞膜を構成するリン脂質で、特に神経細胞の膜に多く存在しているため、神経細胞、脳細胞に栄養を供給したり、働きを正常に保つ働きを担っています。
植物ではフィチン酸の形で存在し、イノシトールの水酸基に、6分子のリン酸がエステル結合した構造をしていて、植物における主要なリンの貯蔵形態です。
イノシトールは生体内で合成できるため欠乏症はありません。多くのビタミンは欠乏症を研究することで、その人体における働きを解明して来たのですが、イノシトール研究はそれができないため、まだまだ未知の部分が多いビタミン様物質です。
他のビタミンB群同様、肉類やナッツ類などに多く含まれていますが、グルコースから生合成できるため欠乏が起こりにくいので、サプリメントとして摂取する必要性は低いとおもいます。
欠乏症の改善報告はありませんが、大量に摂取した場合の効果については、各種報告があります。
神経細胞の細胞膜の構成リン脂質であることから、パニック障害の患者さんに投与することで、攻撃性・嘔吐・恐怖感の症状が改善されるという報告があり、パニック障害や強迫性障害の予防効果が期待されています。毛母細胞の働きを調整する因子であることから、頭髪への効果があると考えられています。また脂肪肝や高脂血症の改善効果、動脈硬化の予防、改善効果も報告されています。抗がん作用や不妊症治療での効果の報告も多く見られます。
ただしこれらについては、イノシトールよりも効果が確認された治療法がありますので、まずはその治療を行った上で、イノシトールサプリメントの併用を検討すべきです。
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