区民健診(特定健診)の検査項目を解説します -4- 血圧測定

日本高血圧学会『高血圧治療ガイドライン2025』による「高血圧の診断基準」は、「診察室血圧140/90 mmHg以上(家庭血圧135/85mmHg以上)」で、治療による降圧目標は、年齢などの患者背景によらず「診察室血圧130/80mmHg未満(家庭血圧125/75mmHg未満)」に統一されました。一方、2024年全国健康保険協会(協会けんぽ)の「重症化予防のための高血圧未治療者への受診勧奨基準」は「診察室血圧160/100mmHg以上」となっています。
これらの数字が入り乱れて混乱しているので整理すると、特定健診において高血圧と診断する基準は「140/90 mmHg以上」です。そして医療機関を受診しましょうという基準が「160/100mmHg以上」、受診して治療する場合は「130/80mmHg未満」まで下げることを目指しましょう、ということです。
急激に血圧が上がった場合には頭痛、吐き気などの症状がありますが、健診で指摘されるような高血圧はほとんど症状がありません。痛くも痒くもないのに治療しなくてはならないのは、高血圧は脳卒中や心筋梗塞といった重大な合併症を引き起こすリスクがある、とされているからです。
血圧は「心臓からの血液拍出量」×「末梢血管の抵抗」、つまりポンプの出力とホースの流れやすさで決まります。そして血管系は風船のような閉鎖系ですから、かかる圧力は理論上どこも一定です。風船は膨らましていくと内圧が高まり、どの部分にも同じ圧力が掛かっているので、薄いところ、脆いところから破れる。これが脳出血や動脈瘤破裂の本態です。
末梢血管の抵抗は、血管の径としなやかさと、詰まり具合で決まります。年齢ともに動脈硬化は進むので、血管はしなやかさを失い、詰まってきます。個人差があるものの、加齢によって血圧が上がることは防げません。動脈の壁には筋肉の層があるので、径はコントロールできます。血管が広がると抵抗は下がり、血圧が下がります。我々はホルモンや神経伝達物質を使って全身や局所の血管の径を変えることで、血圧をコントロールしていますが、これは自律神経系の働きなので、自分の意志で血管の太さを操ることはできません。
心臓からの血液拍出量は1回の拍出量×心拍数でコントロールされます。1回の拍出量には限界があるので、運動時など、たくさんの血液が必要なときは心拍数が上がるわけです。また加齢や心不全で1回の拍出量が減ると、頻脈になります。
血圧は複雑な要因でコントロールされ、我々の状況に応じて時々刻々変化していますが、我々はそれを自覚することはありません。
人類が血圧を知るのは17世紀以降です。イギリスのウイリアム・ハーベイは、1628年に血液循環説を発表。血液は大静脈から心臓に入り、心臓から大動脈を経て静脈へ一方通行で流れ、循環すると説明しました。それまでは、循環ではなく、肝臓で作られた血液が心臓から送られ、臓器や末梢で消費されていると考えられていました。
1733年同じくイギリスのステファン・ハーレスがウマの頚動脈にガラス管を挿入して 、その高さにより血圧値を認識しました。
人間の血圧が初めて測定されたのは1828年、フランスのハーゲン・ポアズイユが、人間の動脈に水銀U字管を挿入し、水銀(Hg)の柱にどのくらいの圧力がかかるのかを調べました。今でも血圧の単位として「mmHg」が使用されています。
直接血管に管を刺すことなく、現在のように間接的に血圧を測る方法が考案されたのは、1896年、イタリアのシピオーネ・リバロッチが上腕にカフを巻いて圧をかけ、カフを緩めていき、血流を蝕知する点の圧力を水銀柱で測定する方法を考案しました。その後、ロシアのニコライ・コロトロフは1905年、カフを用いて上腕の動脈を圧迫し、聴診器で血液が流れる音聞いて血圧を測定する方法を考案します。これにより、収縮期血圧(上の血圧)と、拡張期血圧(下の血圧)の両方を測定できるようになりました。現在の血圧計もこのコロトロフ法の原理に基づいています。
20世紀に入り、人類が血圧を簡便に測定できるようになったことで、血圧と疾患を結びつけて考えるようになりました。
アメリカの保険会社は1911年頃、保険加入者の血圧を医師に測定してもらい、心筋梗塞や脳卒中との因果関係を調査を開始していますが、当時は高血圧を肯定する考えが主流でした。血圧が下がると臓器の障害が進むと考えられていて、また血圧を下げる方法もありませんでした。
20世紀半ばになると、先進国では脳血管障害による死亡者数が、結核などの感染症を上回るようになります。1949年にはアメリカ・マサチューセッツ州のフラミンガムという町で、大規模な疫学研究が開始され、血圧や血中の脂質、血糖と病気と関連、遺伝的な素因、生活習慣との関係なども疫学的に明らかになりました。
高血圧が脳血管障害など多くの疾患と関連していることがわかると、血圧を下げる薬が開発されるようになりました。1957年の利尿薬(サイアザイド系)を皮切りに、1964年にβ遮断薬、1971年にカルシウム拮抗薬、1975年にα遮断薬、1977年にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、1991年にアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が登場します。
ちなみに我が国で「高血圧」という言葉が初めて使われたのは、1924年(大正13年)です。現在の田辺三菱製薬である田辺元三郎商店が、日本で初めての血圧降下剤『アニマザ』をドイツから輸入し、その新聞広告に「高血圧、血圧高ければ命短し」というキャッチコピーを記載しました。この広告を作ったのは、後にエーザイを創業する内藤豊次です。我が国の医学論文に「高血圧」という用語が使われるのは、それ以降です。
血圧を薬である程度コントロールできるようになった結果、日本では脳血管障害による死亡者数が1970年代をピークに減少しました。
ずっと下って、2008年「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、40歳〜74歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした「特定健康診査・特定保健指導」がはじまりました。腹囲の測定及びBMIの算出を行い、基準値(腹囲:男性85cm、女性90cm / BMI:25)以上の人はさらに血糖、脂質(中性脂肪及びHDLコレステロール)、血圧、喫煙習慣の有無から危険度によりクラス分され、クラスに合った保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることになります。特定健診と特定保健指導により、我が国では多くの高血圧患者が「掘り起こされ」、治療されるようになりました。
高血圧が脳血管障害や心疾患と関連があることは疫学的に明らかですが、では血圧を下げることでそれらの疾患が回避できるのか?
血圧が高いと脳血管障害や心疾患になりやすいは〇、降圧剤を飲めば血圧が下がるも〇、でも降圧剤を飲んで血圧を下げれば脳血管障害や心疾患が防げる、は?なのです。
人類が血圧を発見し、測定できるようになった当初は、臓器に血液を送るために必要な血圧が高いことはいいこと、と認識されていました。年齢とともに動脈硬化が進むので、臓器や末梢に血液が届きにくくなるので、血圧が上がることは必要なことです。血圧は一つの因子で決まっているわけでなく、全身の多くのセンサーからの情報を統合して自律的にコントロールされています。薬で特定のセンサーに介入して、血圧を下げることが全身にとってイイコトとは言い切れません。過度の降圧は脳血流を減らし、認知症の進行を早めるなどのデメリットもあります。
高血圧のうち内分泌疾患や腎動脈狭窄など、原因がはっきりしている高血圧は少数で、ほとんどの高血圧は原因不明の本態性高血圧です。全身のセンサーの情報を統合して身体が最適と判断している血圧が、学会の決めた基準よりも高い、というものです。よって一律の基準に従って本態性高血圧を治療することで、自分にとって最適な血圧を保てなくなる可能性があります。
頭痛や吐き気などの症状を伴う緊急性のある血圧上昇や、ホルモン異常などの原因のはっきりしている高血圧、また心疾患、脳血管障害、腎疾患、糖尿病などの合併症のある場合以外は、降圧剤の服用を開始することには慎重であるべきです。
当院では、高血圧の受診勧奨基準「160/100㎜Hg」以上の方には、まずは減塩などの生活習慣の改善をお勧めして、一定期間努力しても(努力できないため?)改善しない場合には服薬治療をご提案しています。
また薬を飲み始めた方でも、血圧が安定したところで、減薬休薬してみることも考慮します。治療で下がった血圧に身体が慣れて、服薬しなくてもセンサーが血圧を低く設定してくれる可能性もあるからです。「降圧剤は一度飲み始めたら一生飲まなくてはならない」は嘘です。気温が上がると血管が広がるので、血圧は下がります。暑くなるこれからの季節は、降圧剤を減薬休薬するチャンスです。春夏は薬を飲まず、秋から冬だけ降圧剤を服用されている方もいます。
2024年に岡山大学/就実大学から出た論文「65歳以上の日本人における高血圧の死亡リスクへの影響」では、2006年4月~2008年3月に健康診断を受診した岡山市の65歳以上の5万4,760人の検討から、高血圧は65~74歳および75~84歳では全死亡リスクおよび心血管系死亡リスクを上昇させたが、85歳以上では上昇させなかった、と報告しています。
高齢者、時に85歳以上の方を高血圧と診断し、治療することは慎重であるべきとおもいます。
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